うつ病と生きていくこと

薬、うつ

 



こんにちは。最近落ち込みがひどく、ブログ更新できなかったポンキチ@ponkiti_7です。

プロフィールにも書きましたが実は10年近くウツで苦しんでいます。

なかなか理解されない病気なんで今まであまり話していませんでしたが、先日友人と話していて、これも僕自身なんだと思うようになり、お話しておこうと思います。

ウツへの静かな道

原因はいくつか考えられるのですが、やはり一番大きいのは会社がつぶれた事かもしれません。

プロフィールにもあるように、昔15年ほどホームページの制作会社を経営していました。

最初は嫁と二人ののんびりした会社で、昼間から嫁とパチンコ行ったり、昼寝し放題ののんびりした会社でした。

あるきっかけで大手印刷会社のポータルサイトを作る仕事が来て、それから有限会社にしたり、人を雇ったりして徐々に大きくなっていきました。

インターネットの普及に伴い仕事も順調に増えだんだんと忙しくなっていきました。

転機が訪れたのは10年ほどしたころ。売り上げの柱だったポータルサイトが終了となり、その分を他の仕事で補わなくてはならなくなりました。

都合よく印刷会社からの仕事はあったし新しいクライアントも増えていたので売り上げはそれほど下がらなかったのですが、納期やクオリティで徐々に苦しくなっていきました。

インターネットとプログラムの連動が必須になりはじめ、プログラミングをフリーのプログラマーに外注するようになっていました。

それなりに順調にいってたのですが、会社を拡大させることに執着するようになっていきました。この頃の僕は社員を部品だと思うような鬼畜社長になっていましたね。

プログラマに逃げられる

そんなある日大きな仕事のオファーがありました。結婚情報誌のオンラインサイトで、携帯対応の案件でした。

先プログラマに相談したところ、可能とのことだったので見積を出し、受注に成功しました。金額の大きな仕事でしたが、9か月の猶予とプログラマのスキルを信じて、作業はスタート。

最初の3か月は順調でしたが、3か月を過ぎるころから進捗表にズレが生じ始めました。それでもプログラマの言質を信じて月日は過ぎていきました。

ヤバイと感じたのは納期3か月前の頃でした。プログラマ一人に任せていたので、あちこちにボロが出始めました。

プログラマには人員を増やすように言ったのですが、人を探す暇もなくなりだし、月日だけが過ぎていく状態えした。

納期3週前に現地での缶詰状態が始まったのですが、報告をしてこなくなり、納期3日前に突然「あなたとは仕事できない」と訳の分からないことを言い出し、仕事場から逃げ出したのでした。

現場に行って調べると、プログラムに必要な変数表やコーディングシートなども作らず、ただ時間に追われるままプログラミングしていたことがわかり、期限までの納品が不可能なことがわかりました。



倒産への道

納品できないことが判明し、損害賠償へと話が流れていきました。一番ショックだったのが、信じていたプログラマーに裏切られ逃げられたことでした。

人は簡単に裏切るもんだという事実は、自分の人生にとって想像もできない大きな落とし穴でした。

小さな裏切りは経験していましたが、会社が潰れるかもしれないという裏切りは初めてで超パニックになりました。

それからの3か月は倒産という事務作業が淡々と続いていく毎日でした。

全てを失っていくというどうしようもない流れに、ただ身をまかせていくだけでした。

それでも、その時は復活できるもんだと信じて日々過ごしていました。ただ胸に空いた穴は徐々に広がっていたようです。

負の連鎖

会社はなくなったけどゼロに戻っただけと思い、半年後には個人での仕事を再開していました。

しかしそこでも落とし穴はありました。小さな工場のCI戦略を受注したのですが、その会社が傾き、予定の一割程度しか回収できず、外注への支払いが滞る事態が発生しました。それ以外も、やる仕事すべてなんらかの問題が発生し、先細りへと落ち込んでいきました。

貧すれば鈍するとはこのことだなあとまだ気軽に思っていました。

パワハラで発病

嫁は実家に帰り、このままでは生活できないと思い、中堅の広告制作会社へ就職をきめました。

そこは夜10時まで誰も帰らないという完全ブラック企業でした。

毎日怒号が飛び交い、人間関係もギスギスしたひどい状況でした。

今までの気楽な状態から急にハードな状況に追い込まれだんだん体調が崩れていきました。

一人ヤクザみたいな口をきく先輩に目を付けられ、徹底的にパワハラを受けたのが決定打でした。

出勤中にトイレで吐いたり、仕事中に手が震えだしたりと最悪でした。

だんだん会社に行けなくなり、ついに退職となりました。

死を考える日々

それから引きこもりの日々が始まるのですが、働けない自分が嫌で死ぬことばかり考えてした。

パワハラのショックもぶり返し、寝ていても辛い日々が続きました。

こりゃホントに死ぬわと怖くなり、心療内科に行き服薬をはじめました。

最初は薬が合わず、ウツはひどくなるばかりでした。3か月ぐらい経ったぐらいから薬が効きはじめ、やっと死なんでもいいんやと思えるようになりました。

ウツと生きる

それからは、調子のいい時は仕事に行ったりしたけど、長続きせず、短期の仕事を繰り返すといった生活です。

最近わかってきたのが、この病気は治らないんじゃないかということ。寛解したと思って働きだすとすぐにウツの闇が僕を引きずり戻しに来ます。

心の病は深いです。薬は一時的な抗うつと睡眠を届けてくれますが、晴れ渡るところまではいきません。

かつて会社にウツ病を患った子がいましたが、当時の僕はウツなんてあり得ないと思っていました。自分がなってみるとなんて怖い病気なんだろうと思います。

心の風邪なんかじゃありません。死に至る病です。

こうなる前に留まって欲しいと切に願います。

今は経済的な問題を抱えつつ、自由に生きることを模索しています。

会社勤めでヤバそうなあなた、僕みたいになる前に逃げてください。逃げても大丈夫。死ぬよりましです。

生きてください。生きていればきっと面白いことがあります。苦しくても生きてればなんとかなります。

みんな生きましょう。

ポンキチでした。



 


薬、うつ

ABOUTこの記事をかいた人

元鬼畜経営者。ブログを通して病まない働き方や、モテるための恋愛論などを発信中。 うつ病持ちのブロガー見習い。新しもの好きの好奇心旺盛な56歳です。